札幌・東京・新潟。 美容師人生の旅を経て今、つくる未来
2026-11-01
about the Preface

目の前のお客様を大切に。その積み重ねが、私の美容師人生になった。
北海道から東京。そして新潟へ。
美容師として歩んできた道を振り返りながら、
相田さんは「目の前のことをやってきたら、今がある」と話してくれました。
まだ店舗もコンセプトも完成していなかった未到の土地、新潟での出店(JIGSAW)の立ち上げに参加し、
さまざまな環境の変化を経験しながら、現在まで美容師として第一線で働き続けてきた相田さん。
その道のりは、いわゆる波瀾万丈では言い表せない程の美容修行と人生の転機で埋め尽くされています。
その美容人生の旅の中で、一貫して変わらず大切にしてきたのは、お客様と向き合う時間です。
今回のBehind the Mirrorでは、相田さんのこれまでの歩みと、
その美容師としての天部の才能に恵まれた仕事への思いを聞きました。
目次
好きなことを仕事に。北海道から東京へ。
相田さんが美容師を目指したきっかけは、これから始まる物語とは相反するくらい普通で
高校時代から友人の髪をアレンジすることが好きだったから。。
家族からは看護師という進路も勧められていましたが、自分が楽しく働ける仕事を考えたとき、
自然と思い浮かんだのが美容師でした。
「自分が楽しくできる仕事って何だろうって考えたら、美容師かなって」
北海道理容美容専門学校に進学し、卒業後は一度は出てみたかった憧れの地、東京へ。
就職先を選ぶきっかけになったのは、在学中に学校で話をしてくれた講師の出会いでした。
その講師はヘアセットなどの高い技術力を持つサロンのスタッフで、その技術の高さに惹かれて、そのサロンに就職。
美容師としての第一歩を踏み出しました。
そこでは、希望していたヘアセットなどの技術を学びながら、美容師としての基礎を身につけていきました。
そして、そのサロンで出会った先輩が、現在も共に仕事をする田中さん(現カエルムオーナー)でした。
この出会いが、後の相田さんの人生を大きく変えることになります。

プライベートな場所は、ベッドの上だけ。
東京での美容師生活は、今の若い世代には少し想像しにくいものかもしれません。
相田さんが暮らしていたのは、さまざまなスタッフが共同生活を送る寮。
一つの部屋に二段ベッドが並び、冷蔵庫や電子レンジも無造作に複数置かれている。
8名で一部屋をシェアするその寮の一室で、自分だけのスペースと呼べるのは、ベッドの上だけでした。
「本当に、自分のスペースは二段ベッド上段のスペースだけだったんです」
けれど、毎日が仕事と練習で忙しく、寮で過ごす時間は長くなかったといいます。
今では少なくなった、仕事と暮らしが一体になった美容師の修業生活。
そんな環境で約3年半を過ごした頃、先述したサロンの先輩の田中さんから、新潟で新しいお店を始めるという話が持ち上がります。
まだ店舗もできていない。具体的にどんなお店になるのかも、はっきりとは見えていない。
それでも相田さんは、もう一人の意思を同じくした仲間と共に、
田中さんとともに新潟へ行くことを決めました。
「今考えると、若くて何も考えていなかったんだと思います」
当時は大きな決断だという意識もなかったそうですが、振り返ってみれば、人生の大きな転機でした。
新潟で待っていた、従弟制度の共同生活とカルチャーショック。
新潟に来て、新店舗(JIGSAW)のオープンまでの間、
相田さんは田中さんの社長(先生)のお店(ヘアスタジオズー※現在zozo)の寮に入って、
働きながら技術を学ぶことになりました。
東京での寮生活にも慣れていたはずでしたが、ここで待っていたのは、また違った意味で驚きの連続でした。
朝は寮の掃除から始まり、食事の準備もスタッフの当番制。
朝食を共にし、昼食もスタッフ全員で同じものを食べる。
営業後には必ず深夜まで練習会があり、それが終われば、今度は夕食をみんなで囲む。
文字どおり、朝から晩まで生活をともにする毎日でした。
そこには、2000年代前半でありながらも、技術だけでなく生活態度や人としてのあり方まで指導する、
かつての美容業界の徒弟制度のような文化が残っていました。朝ドラ「あぐり」の世界です。
また、先生の技術とヘアデザインへのこだわりは徹底していました。
特にシャンプーについては、JIGSAWのオープンまでに先生の律するかなり高いレベルの技術を身につけることが求められ、何度も練習を重ねました。
「恐ろしく高い理想のシャンプーの技術を教えてもらえたことは、今となってはありがたかったんです」
一方で、技術を学ぶこととは別のところで、戸惑う場面も少なくありませんでした。
生活の細かな決まりごとや、周囲の顔色をうかがいながら過ごす時間。
時には、そこまで厳しくする必要があったのだろうかと思うようなことも。
東京でも決して楽な修業をしてきたわけではありませんでしたが、
新潟での日々は、相田さんにとって大きなカルチャーショックだったようです。
当時のことを振り返りながら、技術を教わったことへの感謝と、
あの頃感じていた戸惑いの両方を、相田さんは率直に話してくれました。
目の前のことを、一つずつ。JIGSAWの誕生。

JIGSAWオリジナル販促物。こだわりのイメージ、世界観のリーフレットなどで独自のブランディングを行いました。また、当時はFLASHサイトバリバリでフルフラッシュのサイトでオープン時は公開していました。
当時のサイトイメージを確認できるリンクです。すでにFLASHサイトは見れないので、2009年〜から
http://www.jigsaw-web.com/worldmixstyle/index.html
http://www.jigsaw-web.com/2010style/index.html
そうした日々を経て、いよいよ2005年8月JIGSAWがオープンします。
まだお店の実績もなく、顧客も一切いない文字通りゼロからのスタート。
店長となる田中さんを中心に、お店のコンセプトや広告にもこだわりながら、少しずつお客様との出会いを重ねていきました。
当時の広告は、派手さや安売りを宣伝するというより、お店の雰囲気や世界観を限定的に伝えるもの。
その世界観に惹かれて来店するお客様も多かったといいます。
相田さん自身も、スタイリストとしての業務はもとより、さまざまな役割を任されるようになっていきました。
新しい店舗への展開、スタッフの育成、店舗の運営。
「私、アシスタントの仕事も好きだったんです。アシスタントでもいいかなって思っていたくらいで」
最初から店長やディレクターを目指していたわけではありません。
けれど、周囲から求められることに応え、目の前の仕事に取り組んでいるうちに、少しずつ責任ある立場になっていました。
「目の前のことをこなしてきたら、今がある感じですね」
その言葉からは、特別な成功を追い求めるのではなく、その時々の仕事に向き合わなければならなかった
相田さんらしさが感じられます。

お店のノベルティとして配布したオリジナルコンピレーションCD。
選曲・マスタリングに始まりパッケージ、メッセージに至るまで自家制作。思いのこもったCDです。
お客様と過ごす時間が、救いの時間。
波瀾万丈な美容師人生の中で、ずっと相田さんを支えてきたものがあります。
それは、お客様との時間でした。
「お客様が救いだったんです。お客様って優しいから」
取材中、相田さんが話してくれたこの言葉が、とても印象に残っています。
仕事を覚え、技術を磨く他にも、修行制度や生活態度など厳しい環境で過ごしてきた相田さん。
常に周囲に気を配り、緊張感のある日々を送る中で、お客様と向き合っている時間は、心が安らぐひとときでもありました。
髪を切り、会話をして、きれいになった姿を喜んでもらう。
美容師にとって当たり前のようなその時間が、相田さんにとっては何よりありがたいものだったのです。
時には、少し個性の強いお客様が来店することもあります。
それでも、すでにさまざまな人と向き合ってきた相田さんにとって、お客様との時間は負担ではなく、むしろ楽しみでした。
そして、その思いは長い年月を経た今も変わりません。
新潟に来て、初めてのサロンに初めて出勤した日、
わずかスタイリスト歴3年強の相田さんが、いきなりお客様のカット・パーマ・カラーを命ぜられます。
もちろんそのお店の薬剤や道具もわからず、初めましてのスタッフ達にも何も聞くことが出来ない環境下で
さらに好奇な目線を感じる中、ひょっとしてお店側から技術の値踏みをされていたのかもしれません。
しかし、その初めて担当したお客様が、20年近く経過した現在も通い続けてくれています。
美容師として技術を磨くことも、売上をつくることも、もちろん大切。
けれど、一人ひとりのお客様との関係こそが、相田さんの仕事と美容師としての精神を支えてきました。
誰かに決められるのではなく、自分たちでつくっていく。
長い年月の中で、相田さんを取り巻く環境も少しずつ変わってきました。
以前は、お店のことを決めるにも会社の意向を確認し、その考えをスタッフに伝えることが当たり前でした。
自分が納得しているかどうかとは別に、決められたことを守り、周囲にも同じように求めなければならない。
そんな役割を担ってきた時期もありました。
けれど今は、スタッフ同士で意見を交わし、自分たちで判断できることが増えています。
その変化を象徴するのが、サロンの休日についての取り組みです。
これまで出店環境などから長く年中無休で営業してきたサロンですが、
スタッフの声を聞きながら、夏季休暇や年末年始休暇を設けるようになりました。
さらに今後は、春夏秋冬、それぞれの季節に休暇を計画していくことも考えています。
かつては、休まず営業することが当たり前だった時代。
しかし今は、スタッフ一人ひとりが仕事だけでなく、
自分自身の生活や時間も大切にできる環境を目指しています。
そして、その変化を支えているのが、日々の仕事の質です。
相田さん自身も、子育てをしながら限られた時間で働く中で、
施術の進め方や時間の使い方を見直してきました。
ただ早く仕上げるのではなく、無駄を減らし、
技術の精度を高め、お客様に満足していただける仕上がりを実現する。
長年積み重ねてきた経験と技術があるからこそ、
短い時間なのに今までより質の高い仕事ができる。
それは、相田さん個人の働き方だけでなく、
サロン全体のあり方を考えるうえでも、大切な視点になっています。
長く働くことと、いい仕事をすることは、必ずしも同じではない。
お客様へのサービスの質を大切にしながら、スタッフがきちんと休み、自分の時間を持つ。
その両立を、自分たちの手で少しずつ形にしようとしているのです。
「こうした方がいいんじゃない?」
そんなスタッフの声から新しい取り組みが生まれ、話し合いながら実現していく。
かつては、決められたことに従うしかなかった日々。
今は、自分たちで考え、よりよい方法を選ぶことができる。
その変化は、相田さんにとっても、スタッフにとっても、大きな意味を持っているのではないでしょうか。
そして今、相田さんにはもう一つ大切にしていることがあります。
それは、子どもに楽しそうに働く母親の姿を見せること。
仕事を終えて保育園に迎えに行くと、
「今日は誰を切ってきたの?」と尋ねられることもあるそうです。
「お母さんが、いきいきと楽しく仕事をしている姿を見せられたらいいなって」
美容師として働くことと、母親であること。
そのどちらも大切にしながら、自分らしい働き方を続けています。
近年では、自らイラストを描き、お客様にクリスマスカードを届けることも楽しんでいます。
誰かに言われたからではなく、自分がいいと思ったものを、自分の感性で形にする。
働き方も、お店づくりも、お客様への伝え方も。
少しずつ、自分たちらしいものへ。
そこには、これまでの経験を大切にしながら、新しい時代の美容室のあり方を模索する「新しい相田さん」
なんだけど、変わらない美容への取り組みの相田さんの姿があります。

これからも、自然体で。学び続ける美容師として。
長く美容師を続けてきた今も、相田さんは日々の仕事を振り返ることを忘れません。
「ああすればどうなってたんだえろう?こうすればどうかな?いつも思うんです」
美容の技術だけでなく、アートや音楽など、
さまざまなものから刺激を受けていたい。
新しいことを知り、自分の感性を磨き続けたい。
そんな思いを、今も大切にしています。
北海道から東京へ、そして新潟へ。
人との出会いに導かれ、思いがけない環境の変化に戸惑いながらも、美容師として歩み続けてきました。
そして、今も新潟で美容師を続けている理由を尋ねると、
「なんで帰らないかって言ったら、ここに来てくれているお客様がいるから。それのみですね」
大きな目標を掲げなくても、目の前の人を大切にし続けることで、確かな道ができていく。
相田さんの美容師人生には、
そんな静かな強さが感じられました。
びびわ〜く編集部より
私は相田さんが新潟に来た時からのお付き合いがあり
長年、相田さんの仕事ぶりを見てきて、不思議に感じていることがあります。
決して無理をしているようには見えないのに、
お客様からの信頼が厚く、きちんと結果も(売上と共に)残していること。
今回のインタビューで、その理由が今更ながら少しわかった気がしました。
相田さんにとって、お客様と過ごす時間は、単なる仕事の時間ではなく、
自分自身を支えてくれる大切な時間でもあったのです。
環境がそうさせた影響もあると思いますが、
これって美容師にとって天部の才能と言えるものではないでしょうか?
そしてもう一つ、印象に残ったのは、働く環境の変化でした。
自分自身も仕事で大変な時にパートナーの病気による短すぎる余命宣告。
人生を仕舞う準備をしながらも
(これについては機会があれば別で書きたい内容ではあります)
結婚〜出産というイベントが舞い込み
その運命の波と目の前の仕事をこなすことで精いっぱいだった日々。
今は、自分たちで考え、スタッフと話し合いながら、お店のあり方を少しずつ変えていける。
その変化の渦中の中にいる相田さんの姿に、
これまで積み重ねてきた経験だけが成し得ることができる
未来のカエルム(ひいては美容室全般の)の可能性を感じました。
美容師として長く働くことは、ただ同じ仕事を続けることではありません。
人との出会いを重ね、生活の変化を受け入れながら、
自分らしい仕事の形を見つけていくこと。
相田さんの美容人生の旅には、
そんな美容師という仕事の魅力が「みっちり」詰まっているように思います。